“駆け引き”  『恋愛幸福論で10のお題』より
      〜年の差ルイヒル Ver.より
 

 クリスマスボウルへの出場高校も、クラッシュボウルへの出場大学も決まった十二月。今年は残念ながら観客の側に落ち着いてしまった身としては、それでも腐ってる場合じゃあないと、次のシーズン目指しての日々の蓄積も欠かさない。公式戦はすべて消化したけれど、それならそれで、次期のチーム編成だって考えにゃならないし。何よりも、体力やポテンシャルの保持への集中を途切らせることなく、地道なトレーニングに打ち込まないと、マシンガン抱えた小悪魔様が、景気のいい機銃掃射でもってメンバー全員を追い回して下さるので、

 『少なくとも粘り強くはなったわよねぇvv』

 それまで鬼マネの名をほしいままにしていたメグだけが、ほくほくと喜んでいるばかりだったりし。

  ………で。

 その小悪魔様、放課後になると就業のチャイムと競うかのような絶妙な間合いで、誰かさんの携帯へ“迎えに来い”コールをかけて来るのだが、

 「…あれ? ルイさん?」
 「どしたんすか?」

 授業中は居眠り三昧していても、あるいはやってられないと自主休講を洒落込んでいても、放課後になれば当然ごととして部員らが集まって来るのがアメフト部室。そろそろ屋上などでの昼寝も無理な気候になったということで、近所の喫茶店で時間潰しをしていた顔触れが、一番乗りだとやって来たところが。そんな彼らより先に居合わせたのが、腰の辺りにトレードマークのトカゲのシルエットを這わせた、白い長ランを羽織った総長の姿だったりし。

 「おう。何だ、もうそんな時間か。」

 気がつかなかったぜと言いたげな口ぶりではあるけれど、その手に携帯を持ったままでは説得力がないような……。

 “待ってんのかな。”
 “そりゃ、お前。遅れたら どんだけどやされっか。”

 よくよく考えてみりゃあ、相手は単なる小学生だってのに。それも…ずんと小柄で、手足も華奢で。金茶の瞳が軽く力んでるところが小生意気な蠱惑を保ち、すべらかな頬や表情豊かな口許は、少女のように瑞々しくも可憐で……と。見てくれだけなら文句なしの美少年へ、悪ぶって“族”をはってる部類の高校生らが、何でまたこうまで気を遣っているものかと。事情を知らない人にはとことん理解が追いつかないに違いないけれど。

 『あれれぇ?
  お兄さんの携帯、アダルトサイトにしかつながらなくなっちゃた。』
 『ほらほら、凄い凄いっ。
  ○○横丁のお姉さんたちからお誘いメールがこんな来てるvv』
 『あ〜あ、履いちゃった。
  皆のその靴、中敷きにセンサー埋まってるからサ。
  今日中に20キロ走らないと発火するよ?』

 こんなもんは序の口という、とんでもない仕打ちの数々を、片手間にこなせる悪魔様。そうそう逆らえるほど豪気な人間もいやしない…と来て。

 「呼び出し、掛けて来ねぇんすか?」
 「まさか、ガッコ休んでるとか。」

 思えばこんな日は記憶にないので、周囲が先に落ち着きを無くす始末であり、

 「お前らなぁ…。」

 確かにまあ、滅多にないことではあるけれど、そこまで狼狽することでもなかろうと。呆れ半分という御面相になって立ち上がり、

 「先にグラウンドへ出てな。」

 暗に、練習はさぼんなとだけ言い残し、部室を後にした葉柱のお兄さん。先にということは彼も出るということではあろうけれど、何より、アメフトに関することにだけは、生真面目で馬鹿正直な彼でもあるので、練習をすっぽかしはしないのだろうけれど。

 「………。」

 大きな手の中、くるくると回していた携帯、部室から離れつつ、もう一度、とあるナンバーへと掛けてみる。実をいや、とうに問題の相手へはアクセスを取ってみてもいて、それへどう解釈したもんかと考えあぐねていたまでのこと。そして、

 【 pi pi pi pi pi pi pi
(プチ)
  こちらは“よい子の相談室”です。
  担当室長は往診中ですので、御用の方は ピという発信音の後…。】

 さて、ここで問題です。金髪の小悪魔様、一体何でまた、携帯をややこしい留守録モードにしているのでしょうか?
(苦笑)






    ◇  ◇  ◇



 答え。

 ちょいとややこしい、でも放っておけない案件に、
 柄じゃあないお節介の虫が騒いだから。


 こちらさんはとある小学校の、体育用具保管庫で、小さな坊や二人が小さなお膝を突き合わせていたりする。ちなみに、この昇降口わきの保管庫は、買ったばかりの備品や用具を置いとく場所なので、生徒の皆さんの中には知らない人のほうが多いほど、人知れずな空間でもあり。そのくせ、誰かさんにはずんと重宝されていて。今時の時分だと、どっから持って来たのやら、小型のオイルヒーターまで引っ張り込まれていて、上着なしでも居られる快適さだったりし。

 「………で?」
 「〜〜うう。」

 磨りガラスが嵌まった小窓は校庭を向いていて、駆け抜けてく生徒があるとその服装の色合いがさっとよぎって、なかなかにカラフルだ。いつもなら、そういったささやかなことへもはしゃぐはずの小さなお友達が、なのに今日は朝からずっと、妙に俯き、黙り込んでいて。給食もほとんど手をつけないままだったし、帰る時間になったのに、席から立たずのぼんやりしていたもんだから。こりゃあ何かあったなと、臨時の“よい子の相談室”の室長さんとして、ちょっと来なと、このお部屋までの連行と相成ったのだが、

 「〜〜〜。」

 日ごろは素直で、ついでに言やぁ、蛭魔くんさえ恐れぬ天真爛漫さがチャームポイントな、小早川さんチの瀬那くんだってのに。

 「だから、進と何かあったんだろ? 何か言われたか、それともされたのか。」
 「〜〜〜〜〜〜。」

 緋色の口許、きりと咬みしめるのだから、図星に違いなかろうに、頑として何も言わないまんまのセナくんで。とはいえ、

 「〜〜〜。」

 大きな瞳はもう随分とその潤みを増してもいたからね。こりゃあ時間の問題だろなと、これもまた予備の、教室用の机に腰掛けてた妖一くん、その細っこい御々脚をひょいと組み直して待っておれば、


  「…だって。セナ、進さんから嫌われたんだもの。」


   ……………………………はあ?






 何か 一瞬、回線事故でも起こったかと思いましたが、若しくは文字化けとか、エンコード認証ミスとか、その他 etc.…。

 「誰が誰を嫌いだって?」
 「だってっっ!!」

 ちょっとそこへ座んなさい、あ、さっきからそっちはお椅子へ座ってるか。まあま、落ち着けと仕切り直そうとしかかった妖一くんの声を遮り、思い詰め過ぎてもう止まりませんと言わんばかり、引っ繰り返りそうになった声で、セナくん、一気に口にしたのが、

 「だってセナが悪い子なんだもんっ。
  ちょっと進さんがこっち向いてなかったからって、
  進さんなんて嫌いってゆって、公園から勝手に帰っちゃって。
  したら、途中でコケちゃたのに、進さん来てくれないし。」

  はあ?

 「昨日からずっと起きてたのに、お電話もめーるも来ないし。
  ちみっとだけ寝てた間も何にもかかって来てませんて、
  けーたいさんには そんなして出てたし。」

  はあ。

 「お昼のお休みにも何にもかかって来ないし。
  だからもお、進さんセナが嫌いなんだ。
  セナみたいな我儘な悪い子は嫌いなんだ。」

 「ちょっと待て。」

 この坊やにはめずらしくも、つっかえないまま一気にまくし立てた言い分に、だからこそ どれほど尋常じゃあないのかを、鋭敏にも感じ取った妖一くんではあったけれど、

 「そもそも、一体なんでまた、お前ってば“嫌い”なんて言ったんだ?」

 そこをこそ、スルーしちゃいかんのではなかろうかと。手荷物の中からハンドタオルを引っ張り出して、潤みが過ぎて瞳孔が涙の中に溶け出しそうなほどになっている、セナくんの痛々しいお顔へとあてがってやりつつ訊いてやれば、

 「……だって。進さん、よその子のこと見てたんだもの。」
 「よその子?」

 こっくりと頷くふわふかな頬を、よしよしと横手から撫ぜてやると、すんとしゃくり上げつつ、それでも少しは声音も落ち着き。

 「セナが来るの、待ってるときに、別の子のこと、じって見てたんだもの。」

 それもねそれもね、セナも同じの持ってる、でほるめの電おーのトレーナー着てた子だったのっ。セナが着てたとき、かあいいねって褒めてくれたのに、他の子が着ててもかあいいなって思うなんて…っ。怒らなくってどうするかと、いかにも憤懣やるかたなしという語調で言いつのる、小さなセナくんだったのだけれど。

 「……………お〜い。」

 それって、もしかせんでも……。
(苦笑) 何やっとんじゃ こいつらはよと、真相があっさりと見えたものだから、途端に呆れ返りかけた蛭魔くんでもあったのだけれど、

 「…セナ、嫌いって言っちゃったから。もう進さん逢ってもくれないのかなぁ。」

 ああそうだったね。君はとっても素直ないい子だから。人を悪く言うのでさえ、すぐにも反省してしまうその上に、どんな痛い想いをさせたんだろうかって、我が身に映してしまうんだったっけね。大好きな人だったからこそ、むむうって気持ちになったんだろうに、そこのところさえ判ってない、稚
(いとけな)いばかりの優しい子。

 「……あのな?」

 うくえくと。小さな肩を震わせて、しゃくり上げるばかりの小さなお友達へと向けて、まとまりの悪いくせっ毛を撫でてやりながら、金の髪した小悪魔様、静かな静かな声を出し、

 「俺もサ、ルイと喧嘩することは よくあってサ。
  けど、あいつってばあんましご機嫌伺いとかしてくれねぇの。」

  ………………。

 「いろいろと考えてはいるらしくてサ。
  後からメグさんとかツンさんから、落ち着きがなかったとか聞かされっけど、
  こっちへ直
(チョク)で言ってくれねぇと判んねぇよな、そういうの。」

  ………。

 「だからいつだって、こっちが折れてやるしかなくってサ。
  あの図体で、電話してもメールしても取り合ってくれなかったらどうしよかとか、
  そんな思ってたんだとよ、どっちもどっちだよな。」

 「…ふや。//////////」

 真っ赤な頬のかわいい子。大きな瞳を縁取る睫毛に、小さな小さな、ガラスの粒みたいな涙のかけらをとまらせたまんま、くすすと微笑うお友達を見やってる。あんな怖そなお兄さんでもそんなこと思うんだぜって。電話してもメールしても取り合ってくれなかったらどうしよか、そんな思うのは、セナみたいなおチビさんだけじゃあないんだよって。

 「なあ、進の奴も もしかして、同じことを考えてないかなぁ?」
 「ふえ?」

 だから。嫌いだって言われてサ、だから連絡してくれないんじゃあって、向こうも思ってんじゃないのかな。
「進ってよ〜く訓練された犬みたいなとこがあっから、待てって言われりゃあ言った方が忘れててもずっと待っててそうじゃんか。」
「そんな…そんなのって。」
 あんまりつけつけと言われるの、さすがにちょこっと…お胸へツキンと来たものか、

 「…進さん、わんこじゃありませんもの。」
 「ほほお、それなら携帯にも出れるよなぁ?」
 「う…。」

 でもでもだけれど、こ〜んなずっと、お電話しなかったのに、何てってお話しすればいいの? そうだな、給食食べれなかったほど考えごとをし過ぎたんで、何だか動けませんとか。え〜〜〜、そんな嘘っこついたらダメだよぉ。じゃあ、まんま言えばいいじゃんか。まんま? おお、今はもう怒ってませんて。お顔を見たいから迎えに来て下さいって。うやや〜〜〜/////// そ、そんなの、なんかはずかしいですよぉ〜〜〜。////////


 何を今更と、呆れ半分、それでも何とか携帯を取り出したセナくんを、和んだ眸で見やった小悪魔様であり。そんな彼の、先っちょの尖った白いお耳に届いたのが、何よりも聞き馴れている、とあるバイクのイグゾーストノイズだったりした日にゃあ、

 “…ったく、どいつもこいつもvv”

 何か企んでも戦々恐々、音信不通でも落ち着かねぇとは、俺様がいねぇと二進も三進もいかねってか? なんてこと、くすぐったげに苦笑いつつ、こそりと思った小悪魔様で。そろそろ冬も訪のう時期だってのに、若い人はフットワークが違うよで。相手が出たらしいお電話へ、あ、あ、違うの、ごめんなさいはセナの方なのと。相手もないのにぶんぶん首を横に振ってるお友達が、勢い余ってコケないように。フォローの手を差し伸べつつ…さてどうやってこんなところにいる自分を見つけるお兄さんかしらと、楽しそうに口許ほころばしたのは、何処のどなただったでしょうか?





  〜Fine〜  08.12.01.


  *あああ、なんやこれという代物になっちゃいましたな。
   これでは小悪魔くんの駆け引きじゃん。
(う〜ん)
   お題ものは相変わらず難しい〜〜〜。
   幾つもクリアしてる人って、
   よほどのこと、袖斗
(ひきだし)が深い人なんでしょうね。


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